山を登る魚

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さらば横浜、また会う日まで。34歳初めての一人暮らしを振り返る

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まさにいま不動産屋の退去立ち会いを終え、1年間住んだ横浜の部屋を引き払ってきた。

電車に乗り横浜駅に向かう。この電車に乗るのも今日が最後だ。そう思うと少し感慨深い。

すぐに浜松での新生活が始まる。実感は全然ない。

そういえば朝から引っ越しと立ち会いに追われ、まともなものを食べていないなと気づいた。

急に甘いものが食べたくなり、横浜駅の地下にあるカフェに入った。

栗と焼き芋のミルフィーユを食べながら、この1年間を思い出していた。

適応できなかった横浜での生活

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34歳にして初めての一人暮らし。もちろん関東での生活も初めてである。

転職をきっかけに大阪の実家を出ることになったわけだが、横浜での勤務は想定外の出来事だった。

実は求人や面接の段階では大阪支社所属の営業として働く予定だったのだ。

組織内の人事などの事情で、内定時に横浜配属を突如打診された。

いま振り返るとなかなかひどい話だ。

後出しジャンケンでそれを切り出すことに不信感はあったが、入社すること自体に迷いはなかった。

以前から入りたい会社だったし、実家を出るいいきっかけだとも思った。思わぬ形ではあったが…。

しかし、結果的には仕事にも環境にもうまく適応できなかった。

いや、適応しようとしすぎたのかもしれない。

まず仕事内容自体が自分の特性に合っていなかった。

しかも入った先が社内でも特にハードワークで有名な部署だった。

実際に僕が入社する前に若手の営業が2人続けて辞めている。

急に横浜行きを打診されたのもこの辺の事情があったらしい。

入社後も営業・技術・開発を問わず人がガンガン入れ替わっていった。

また社外的には、横浜配属にもかかわらず大阪の顧客も担当した。

必然的に出張訪問がベースとなり、自分が得意にしている担当者との関係構築がかなり難しかった。

社内も社外もドライな環境。前職で培った、人の懐に入っていく営業スタイルが通用しない。

それでも必死に食らいついた。技術的にわからないことは片っ端から開発担当に質問した。前職では考えられないほどの残業もした。

しかし最後は心と体が限界になってしまった。

いま思えば仕事の内容ではなく、会社の名前に引っ張られて入社したところがあった。これは自分の落ち度であり、大きな反省点である。

新たな出会いや旧友との再会

一方、プライベートでは友人に恵まれ、恋人もできた。

諸事情で彼女とはお別れしてしまったが、周りの人のおかげでプライベートは本当に楽しく過ごせた。

高校時代の旧友に再会できたのも嬉しかった出来事。

夜中に突然電話が鳴り、出てみたら野球部の元チームメイトだった。

飲みの場で「そういえばアイツ何してんだ?」という話題になったらしく、その場のノリで電話してきたらしい。

当然向こうは僕がまだ大阪にいると思っているから、横浜に来ていると聞いて相当驚いていた。

こんな偶然もあるんだなと自分も驚いた。

せっかくだからと後日あらためて飲みの場を設けてもらった。

10数年ぶりの再会だったこともあって、みんな大人になったなぁとしみじみしていた。

そりゃそうか。みんな40手前だもんな。

苦しい一年だったからこそ気づけたこと

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それでも、全体的には苦しい一年を過ごした。

転職(これは自己責任)、予期せぬ引っ越し、さらにハードワークという大きなストレスが次々と襲いかかった。

致し方ない点も多かったが、それにしてもメンタルの波が大きすぎた。

しかし、苦しんだからこそ得たものもある。

営業としての適性

顧客とのコミュニケーションを密にして関係を構築するのが得意なのだとあらためて感じた。

逆に言えば、それを活かせない環境では今後営業マンとしてやっていくのは難しいと思っている。

もともと営業職に適性の高い人間ではない。なんとかやれてるからやっているというのが実情。

その「やれるところ」がより明確になったのは自分にとって収穫だ。

失敗を恐れず挑戦することの大切さ

これまでも数々の失敗や挫折をしてきたが、ここでまた大きな挫折を味わった。

しかし転職したことを後悔してはいないし、むしろ思い切って飛び出した自分を褒めたい。

強がりもほんの少しだけあるけど、偽りのない本音だ。

変わらない会社に文句を言いながら働くぐらいなら、いっそ自分のほうから環境を変えてやる。

そうは思っていても実際に行動に移せる人間は多くない。

怖がりで慎重で心配性な僕がそんなチャレンジをできたこと、それ自体が成果だと思うのだ。

以前、漫才師のロザン菅さんが「運の掴み方」についてYouTubeで語っていた。一般の方からもよく聞かれるらしい。

菅さんは「運を掴める確率が1%なら、100回やったらええねん」と答えていた。

また、「周りからは大変そうに見えるけど、本人は楽しんでやれること」が努力の本質だとも言っていた。

だからこそ運を掴むための努力が続くのだ。

そんな考えもあり、ご自身もnoteやYouTube、本の執筆など様々なことに挑戦しているという。

僕も次の部署でどうなるか全くわからないが、今の仕事にこだわらず、視野を広く持って色々なことにチャレンジしていこうと今から画策している。

心身の健康が一番の財産

健康第一。頭では分かっていたがこの一年であらためて痛感した。

心身が健康だからこそプライベートも仕事も充実する。

ハードワークで良い給料を貰っても、プライベートで無気力になるほど心身を害してしまっては意味がない。

大阪で毎週のように行っていた登山や釣りも、この一年はまったくできなかった。

これは自分の生きたい豊かな人生ではない。

もちろん生活のために仕事もそこそこにはやる。

しかし、楽しい休日を過ごすことこそがやはり人生の楽しみだ。

また、一度メンタルダウンした以上、もう無理は効かない体という自覚もある。

次の職場では何よりも自身の健康を優先する。

それができない環境なら働く意味はないぐらいに思っている。

心身の健康に勝るものなど何もないからである。

最後に

数年前は自分が首都圏で生活しているなんて思ってもいなかった。

横浜に住むと東京都心に出る機会も多く、知らない街での生活は刺激的だった。

新宿、渋谷、新橋、恵比寿、新大久保…テレビの中でしか見たことのない街を歩くのは、本当に楽しかった。

自分の人生の中でこの1年間は忘れられない思い出になるだろう。

これから浜松行きの新幹線に乗り込む。人生の新しい1ページの始まりだ。